日常消滅

翻訳・校閲日落ChatGPT

推薦者:湍流

日常消滅 ジャケット

2025.05.05
34m 03s

アルバムを聴き終えたとき、「日常消滅」という言葉は、シューゲイザーの空気によく合うのだと、ふと思った。とりわけ、kinoue64の作風にはそう感じる。彼の作品にある「日常」は、退屈な繰り返しや、苦しい循環であることが多い。歌声は、その状態を伝える窓になる。kinoue64の音楽では、声はしばしば低いささやきとなり、感情の起伏もなく、寝言のように響く。歌詞とあわせて聴くと、機械のように退屈な日常が浮かび上がる。意味もなく、止まることもなく、終わりも見えない。

「退屈」をあまりに直接示せば、作品自体まで単調になりかねない。そこでkinoue64は、変化の中心をアレンジに置く。彼が作る音の壁は、ざらついて激しく、強い破壊力を持つ。壁を築くというより、いくつもの高い壁を壊しているかのようだ。このアレンジは、歌声とのあいだにも大きな対照を生む。声は淡々とし、音の壁は荒れ狂う。その落差のなかで、退屈は緊張へと変わる。歪んだ音が声の冷たさを際立たせ、日常は轢きつぶされていくようだ。