文:小泽(小沢)

2025-02-22
この作品を選んだというより、この雰囲気を選んだのかもしれない。私は少し古い好みに固執しながら、少年少女のためのこうしたギターポップを、ひそかに愛し続けている。この音楽のクリエイターたちは、技巧が素朴でも気後れしないし、ふとしたことで湧く切なさを、恥ずかしがらずに表現するからだ。
曲全体のまっすぐな気配は、こちらも心を開いて、進んで近づきたくなるものだ。気分さえ合えば、聴き入るうちに胸に抱きしめたくなる。旋律には少し反復が多いが、全体の心地よさを損なうことはない。編曲や構成はやや単調でも、オヨイダキビスの丁寧な扱いによって、爽やかで澄んだ、風景の見えるものになっている。Aメロの、きらきらと潤うアコースティックギターのカッティングには、ジャングル・ポップ(jangle pop)の趣が少しあり、草の匂いがゆっくりと吹いてくる。サビでドラムとギターが一斉に鳴ると、急に視界が開け、車窓の空と野原が一瞬で目に飛び込んでくるようだ。
こうした曲は制作の敷居が高くなく、思春期の感情にも寄り添うので、合成音声の世界では珍しくない。ただ、敷居の低さゆえに、作者が焦ってしまい、まとまりがあり何度も聴ける作品を生み出せないこともある。一方、技術を重んじすぎる作者は、この形の創作に再び率直に身を委ねるのが難しい。そのため、この作品はありふれて見えながら、実は貴重なのだ。