94 インタビュ一:韓国電子音楽と合成音声、もうひとつの道

翻訳・校閲AT苦以忧1110ChatGPT

インタビュー:苦以忧

協力:DOZE

94 インタビュー冒頭イラスト

韓国の合成音声の音楽に、目を向けたことはあるだろうか。身近でありながら、まだよく知らないこの隣国では、合成音声の創作環境に中国と似たところがある。K-popの産業的な仕組みに近い、チームの共同作業による洗練された作品もあれば、個人の作家性を強く打ち出す独立したクリエイターの作品もある。後者の音楽は、主流の産業的な仕組みに頼るより、クリエイター自身の生活の経験や、実際に身を置く空間から育つことが多い。そこでは「ローカリティ」が、クリエイターと環境との、意識されない対話となる。これこそ、この特集が考えたい中心的な問いだ。

韓国の合成音声シーンを探るなかで、偶然94に出会った。2025年の初ソロアルバム『굿모닝(おはよう)』(Good morning)が、その関心にちょうど応えていた。アルバムや、より広い韓国音楽の話題について、何度か断続的に交流した。対話は「ローカリティ」に限らず、『굿모닝(おはよう)』の美的な志向、韓国のVocaloid1音楽の現状などに及ぶ。以下はその異なる話題を整理したものである。

異なる文化のなかで生きる人々には、それぞれの違いがあり、時代や地域の刻印も避けられない。それでも、創作の根本にある考えでは、似た迷いや情熱を分かち合うことが多い。前の記事で取材したLenkeleは、外へと探求を続け、世界各地の音楽の宝を見いだして、新たに解釈しようとするクリエイターだった。それに対し、94は内へと伸びる道を選ぶ。自分のアイデンティティを問い、自分はどんな音を書きたいのかを見つめる。伝統楽器に加えて、現代の電子音楽の語法を使い、独自で生き生きとした韓国の音楽を作ろうとする。それもまた「ローカリティ」への一つの答えであり、新しい世代の創作における、その大切な現れ方なのだ。

図1

94のアバター。

苦以忧(以下、U):まず伺いたいのは、このアルバムに全体を通したテーマがあるのか、ということです。何度も聴くうちに、対立しながら絡み合う二つの感情を感じたのですが、一つの筋道があるのかは、まだつかめていません。音楽の雰囲気が明るさと陰鬱さのあいだを行き来し、混ざり合うことは、描こうとした物語や感情と深く関わっているのでしょうか。

94:正直にいうと、これらの曲は最初からアルバムを作るつもりで書いたものではありません。完成した設計図があったというより、必要に応じてそのつど部品をつなぎ合わせたような感じで……途中には、心残りのある曲もいくつかあります。ただ、全体の物語はすべて自分の人生の経験から来ています。憂鬱さと間抜けさ(바보같음)のあいだを行き来するのは、その二つの感情がずっと自分について回っているからなんです。

図2

굿모닝
94 初のアルバム
2025
7 tracks, 27 mins

U:その「間抜けさ」は、誠実だけれど不器用な姿勢を指しているのでしょうか。心残りとは、どのような点ですか。

94:さっきの話の続きのようになりますが、不器用な誠実さも、アルバムが事前に計画されていなかったことも、この音楽を作る文脈(맥락)のなかにあります。このアルバムを出す過程で、ほとんど初めて、ちゃんと曲と呼べるものを作ったんです。そもそもリリースできるかどうかもわからなかったので、惜しいと思う曲や、変だと思う曲も混ざっています。(自分では、最初と最後以外は全部そうだと思っています。)習作のような感じですね。20歳になったばかりの就職活動中の学生が、学校で作ったものを集め、ポートフォリオとして提出するような感じです、はは……。そこも「間抜けさ」というテーマに、ちょうど重なっている気がします。

U:そうだったんですね。私にはとてもまとまった作品に聞こえますし、制作の質も高く、細かな工夫があって、掘り下げられるところがたくさんあります。たとえば「섬마을」(島の村)の2分37秒から3分までが気になっています。声がとても遠く、ぼやけていて、「もう一人の自分と話している」ような感覚がありませんか。歌詞にもQUOTE36闇と光を両頬に含んで、QUOTE37この不安、この安らぎとあります。そうした言葉も、この矛盾した内なる声と響き合っているようです。対抗するのではなく、互いを生かし、共存する姿勢で溶け合い、対立のなかに一つのまとまりが生まれる。制作時に、そうしたことも考えていましたか。

94:その解釈は本当に面白いですね!「一歩引いて自分の感情を反芻する」という点から見れば、確かにそう捉えられると思います……。「섬마을」を作っていたとき、自分は少し不安でした。でも、なぜかその感情は必要だと思ったんです。不安を感じるために安定を求めているのではないか、と疑うほどでした。だから、不安を消したいというより、それを認めて、温かく抱きしめる音楽を作りたかったのだと思います。自分の思う「間抜け」は、不安とも手をつないで散歩できるような存在なんです。

U:そうして少しずつ温かな雰囲気になったところで、7曲目の「고시원에는 해가 뜨지 않는다」(고시원에는 해가 뜨지 않는다、以下「考试院(考試院)」)を迎えます。先ほどのお話では、これはご自身でもかなり満足している曲なんですね。私には、ドラムのリズムがヒップホップ寄りで、温かく懐かしい雰囲気に聞こえます。題名にある「考试院(考試院)」(고시원)も気になりました。中国にはこうした場所がなく、まさに「ローカリティ」の表れる部分かもしれません。考試院がどんな場所なのか、また、この曲の背景も簡単に教えていただけますか。

94:考試院(コシウォン)は月貸しの個室で、家賃は月20万〜30万ウォンほど、居住空間は一部屋分だけです。お金のない地方の学生がソウルに来て試験勉強する宿として主に使うので、その名があります。部屋はすごく狭く、ベッド、机、衣装棚しかなく、同じ階に何部屋も詰め込まれています。

図3

고시원에는 해가 뜨지 않는다
考試院では日が昇らない
2025

人が住める場所のなかでも、もっとも絶望的な場所のひとつと言えます。僕も約1年住みました。「日が昇らない」とあるのは、窓を開けても目の前を建物の壁に塞がれていて、日差しがまったく入ってこないからです。その暮らしでタイトルを思いつきました。日が昇らなければ昼夜がわからず、ずっと寝てよいのかもわからない。「永遠に眠っていても構わない」ような気持ちです。

だから、そのころは本当にたくさん夢を見ました。眠りや朝、夢に関するキーワードは、考試院での暮らしから来ているのだと思います。「考試院」の歌詞では、夢のなかで見た非現実的な感覚を、「考試院」というイメージにぶつけたかった。いちばん底で、すべてを手放して、温かな未来へ送り出す……。この世を離れ、宇宙とつながるような、そんな感情を求めていました。

U:これほど狭く、日の差さない環境では、確かにつらくなりそうです。それでも思考は空間に縛られず、外へ遠く走っていく。そのぶつかり合いがとても魅力的です。アレンジでは、主旋律を奏でる矩形波の音色や処理が、少し独特に感じられました。笛のように聞こえるときもあれば、混沌に近づくときもあります。この部分には、何か特別な工夫があるのでしょうか。

94:特別な音響処理というより、基本的な音色に近いシンセサイザーの音だと思います。特別なプラグインやソフト音源を使わずに、あの音を出したかったんです。後半の混沌とした効果も、基本的なLFOやピッチシフトなどの方法で処理しています。こうした方法を選んだのは、ただ格好をつけたくなかったからです。自分でもまだよくわからないものをいじるより、純粋なものを扱いたかった。それだけでも、十分に特別なものになれる気がします、はは。

U:形は簡単でも、組み合わせは見事にできます。この矩形波がまさにそうです。「Get up」も今話した時期の経験と関係しますか。QUOTE38Get upとずっと言い、感情が高まるようなのに、QUOTE39汚れた空という歌詞もあり、最後の鳥声は夜を越えた夜明けのようで……。矛盾するイメージに少し混乱します。

94:「Get up」は通勤中のバスや地下鉄で感じたことです(笑)。眠りたいのに世界が起きろと急かす。誰もの日常でしょう……。いつの間にか一日は一瞬で暗くなり、消える。その繰り返しから「逃避」するような曲です。ただ音楽自体はQUOTE40Get upという動機の反復から始め、最後はEDM風の編曲で仕上げたので、自作で最も変で、最も惜しい曲だと思います。

U:実際の制作では、一つのQUOTE41起きろのサンプル素材にさまざまな処理を加えて、まったく違う効果を作り、それを一曲に詰め込んだのでしょうか。

94:冒頭のボーカルチョップからドロップまで、QUOTE42起きろは、ほとんどすべての部分に出てきます。「間抜けは同じことをずっと言い続ける」という考えから生まれた作り方です。うんざりするほど登場させながら、同時にさまざまな変奏を加えて、退屈にならないようにしました。

二

U:これまで聴いてきた韓国のエレクトロニック・ミュージックには、緻密で落ち着いた印象があります。IdiotapeやKIRARAのような経験豊かなクリエイターに感じていた特徴を、あなたの音楽にも、いくらか感じました。制作で彼らの影響を受けていますか。

94:正解です! KIRARAに音楽を習いました。『굿모닝』はKIRARAとの個人レッスンから生まれました。

U:いまの韓国のエレクトロニック・ミュージックシーンは、どんな様子なのでしょうか。

94:いまの韓国の電子音楽はとても活発で、同時にとても細分化されています。みんながそれぞれ自分の音楽を作っている感じです。梨泰院や乙支路のクラブシーンを中心に、強烈で実験的な音楽を作る人もいます。NET GALA、Guinneissik(기나이직)、soundsupply_serviceのチームなどですね。もっとポップで抒情的な音楽を作る人もいますし、フィールドレコーディングを中心にしたアンビエント作品もたくさんあります。khc、Anne d'Arc(안다르크)、Yeong Dieなどです。

U:まだまだ知らないことばかりです。紹介していただき、ありがとうございます。聴いてみます!

94:ただ、こうした人たちは全員、互いに知り合いなんです。韓国のエレクトロニック・ミュージックシーンは、まだ小さすぎます。アーティストとファンを全員合わせても、たぶんK-popの聴き手の1%にも届かないでしょうね、はは。

Guinneissik(기나이직)の『GIRL I LOVE YOU』をお勧めします。韓国のクラブミュージックの最前線にあるアルバムです。

図4

U:とてもエネルギッシュで、攻撃的な音楽ですね。こうしたエレクトロニック・ミュージックにスクリームを組み合わせるとは、これまで考えたことがありませんでした。独特の面白さがあります。

94:そうなんです。Guinneissikはライブでもやるので、本当に解き放たれる感じがあります……。

U:韓国のVocaloid作者と、こうしたエレクトロニック・ミュージックのクリエイターは重なっていますか。

94:自分の見るかぎり、韓国のエレクトロニック・ミュージックシーンと接点のあるVocaloidのボカロPは、自分一人かもしれません……。韓国には自分の聴きたいVocaloidの音楽がまったくなかったので、自分で作ろうと決めたんです。

U:知り合ったボカロPにも、好きな音楽がVocaloidにないから自分で作り始めた人が多いです。

94:多くの ボカロPが同じ気持ちでしょうね(笑)。

U:韓国のエレクトロニック・ミュージックに加えて、韓国の渋谷系についても話したいです。あなたの音楽にも、そうした特徴を少し感じます。「渋谷系」(Shibuya-kei)という言葉や、日本の渋谷系の音楽はご存じですか。

94:もちろんです!渋谷系は本当に好きです。韓国にはそういう音楽があまりないので、主に日本の音楽を通じて知りました。

U:90年代末に「渋谷系」という概念と音楽が韓国で流行したと聞きましたが、韓国では特殊な電子音楽として理解したようです。後に韓国で「渋谷系」(「狎鴎亭系」とも)と呼ばれたClazziquaiとWの作品、そしてRoller Coasterの3枚目アルバムなどは、日本の渋谷系とかなり違うようです。2

94:その時代を直接経験したわけではありませんが、知るかぎり、90年代の韓国では、渋谷系(Shibuya-kei)は「ヒップスター」(Hipster)3の音楽として消費されていました。もっとも有名なのは、m-floの「miss you」です。当時、韓国のネットサービス、サイワールド(Cyworld)の個人ページで、BGMとして流行しました。韓国では、クールで先進的なイメージを見せるために使われていたのだと思います。

ClazziquaiやHUSなどは、単純に当時の日本の音楽が好きで、韓国でもそういう音楽をやりたかったのかもしれません。文化の面では、韓国には、日本をまねたものや、日本からずいぶん遅れて入ってきたものがいつもたくさんあります。代表的なのが、韓国で本当に好まれているバラード、いわゆるカラオケの音楽です。これも日本のカラオケの音楽に由来すると思います。

U:「カラオケ音楽」(노래방 음악)は、カラオケで歌うのに適したバラードですか。中国語にはその語はないようですが、「抒情曲」や「芭乐」(ballad)と呼びます。

94:K-balladで合っています。韓国では「声」や「人間の声」の権威が本当に高いです。だからエレクトロニック・ミュージックというと皆EDMと思います。面白いのは、それでもK-popでエレクトロニック・ミュージックは当然のように発展し、参照されること。皆がエレクトロニック・ミュージック、コンピューターで作った音楽を聴くのに、それが何か知らないんです。

U:当時は、Nujabesの音楽まで韓国では渋谷系と見なされていたそうですね。日本では、そうは考えないと思います。

94:ああ、それは、渋谷系自体を一つの明確なジャンルとして定義しにくいからだと思います。ある文化や時代を映すものに近い。レイヴやヒップホップと同じですね。だから自分も、渋谷系を正確に定義することはできません。1990年から2010年のあいだに、渋谷のレコード店やシーンで作られ、広まった、先進的で若者に人気のある音楽、と捉えています。

それから、Hi-Posiが本当に好きなんです……。大好きな音楽家を挙げても、片手で数えられるなかの一組です。あの空気感とグルーヴは、本当に絶妙です。明るく、夢のようでありながら、速くなりすぎず、抑制を保った曲がたくさんあります。自分の『굿모닝』(good morning)には、Hi-Posiのようなグルーヴを積極的に反映させたわけではありません。でも、これからもっと静かな音楽を作るなら、きっとHi-Posiのような作風にしたいです。

U:「굿모닝」の2分20秒あたりからのパンニングが好きです。世界が周りを回り、その後加速し、UNI(유니)の声の断片が花を撒くように飛びます。その加速は『Vib-ribbon』4から着想したと読みました。処理が格好よく、曲がりくねる音も面白いです。

94:ああ、正確にいうと、『Vib-ribbon』から影響を受けたと話したのは、テンポが急激に変わる部分です!おっしゃった部分とは、少し文脈が違います。

そこは有名なバンドHappy End(はっぴいえんど)の「だきしめたい」からの着想です。1分35秒頃に出る、フェイザー(Phaser)という効果。初めて聴いて、未経験の極端な空間の歪みを感じ、これほど強烈に、物理的な感覚として耳を弄ぶような効果は、ほかにないように思います。

『굿모닝』(Good Morning)では直前にQUOTE43ぐるぐると秘密を隠していると歌うので、劇的な転換にちょうどよいと思いました。

図5

U:あのHappy Endの曲だったんですね!まったく思いつきませんでした。『Vib-ribbon』は、94さんに勧められてから初めて聴きました。こうしたゲーム音楽からは、どのくらい影響を受けていますか。

94:チップチューンについては、ゲーム音楽の影響もありますが、それ以上にYMCKの音楽に影響されています。チップチューンだけで、あらゆる種類の音楽を作るバンドです。純粋なチップチューンの音だけにこだわるところが好きなんです。正弦波や矩形波といった、もっとも純粋な形の電子音だけで、ドラムもピアノもベースも、すべてを置き換える。その作り方に感動しました。「一つの楽器を限界まで使い切る」という感じでしょうか。そして、そこに一つだけ別の楽器、つまり声を加えて魂を吹き込む。そんな印象を受けました。

この作り方は、初期のゲーム音楽の制作環境から着想を得たものだと思います。その点でも、当時の音楽家を尊敬しています。また、いまの文脈では、必ずしもチップチューンでなくても、General MIDIと呼ばれる、楽器に基本的に内蔵されたプリセット音色だけで音楽を作る方法もあります。こうした制約のある創作から、新しい文化が育ちつつあるようです。(こういう音楽をデジタル・フュージョンと呼ぶと知りました。)これは、自分がいちばん好きなチップチューンの一曲です(図6)……。本当に美しい曲です。

図6

U: とても美しい曲ですね。渋谷系とチップチューンの話から、La Casa Azul(ラ・カサ・アスール)の「En Noches Como La De Hoy」5も思い出しました。1分あたりで声に電子的な処理を加える部分があり、そこがとても好きです。スペインのバスク地方出身のこのバンドは、「Donosti Sound」(ドノスティアの音)という音楽シーンに属しています。このシーンの音楽も、日本の渋谷系の影響を受けているようです。

94:Donosti soundは新しい発見でした!トゥイーポップやサンシャインポップのような欧米の音楽は知っていましたが、国ごとに一つずつ見てきたわけではありませんから。

U:そうですね。似た音楽は、スペインでは「Tontipop」(トンティポップ)と呼ばれているようです。

94:機械的な声も好きです。今回は人間に近いSV2を使いましたが、次の作品では、Vocaloid V4のようなエンジンに戻るかもしれません。

U:私も機械的な声が良いと思います。中国語Vocaloidには作曲せずチューニングだけする専門の「调声師」がおり、バーチャルシンガーを人間のように歌わせようとする人もいます。中国と日本の大きな違いだと思います。日本ではチューニングだけする人は少なく、大半のボカロPは作曲もチューニングも自分でして、人間に似せるより自分の特徴を出すことを重視するようです。

94:ああ、韓国にも「チューニング」(조교)と呼ばれる、似た工程があります。Vocaloidに歌わせることを「チューニング」と表現するんです。歌わせることだけを担当する仕事は、自分のVocaloidを持ち、カバー曲を作る人が増えたことで生まれたのかもしれません。また、一人ですべてを作るのではなく、絵、動画、チューニング、ミックスを別々の人が担当する共同制作の形から、そうした文化が育ったのかもしれませんね。

チューニングについては、VocaloidはVocaloidらしい音を出せばいいと思っています。人間に近づくより、人でもあり、機械でもあること。そこにVocaloidの美学がある。今回出したアルバムでは、初めて合成音声エンジンを使いました。当時はSV2が最新技術を象徴し、将来性も感じられたので選びました。でも、いま思うと人間に似すぎていて、少し心残りがあります。それにSV2 UNIは、声を提供した声優側が「自分の声に似すぎたAIエンジンだ」として訴訟を起こしたため、いまは販売が停止されています。旧バージョンに戻らざるをえません。

U:おっしゃるVocaloid独自の美学は、よくわかります。中国のVocaloidコミュニティーには、作曲、作詞、編曲、ミックス、絵、映像などを、それぞれ別の人が担当するクリエイターもいます。日本の商業的な歌謡曲の制作に、少し似ていますね。韓国のVocaloidのクリエイターグループにも、こうした分業の形があるのでしょうか。

94:韓国のVocaloid文化も、大部分はそうした共同制作で成り立っていると思います。もちろん、全部を一人で作るクリエイターもいます。でも、「一緒に作る」という文化そのものを通じて、互いにつながることが、みんな好きなのだと思います。

それに、みんなコンピレーション・アルバムを作るのも好きみたいです。いわゆる、複数のクリエイターが参加する合作アルバムですね。Xでもよく、「○○というテーマで参加者募集!」といった投稿を見かけます。できた盤を同人イベントで売り、各自が個人やチームで参加する。コミュニティを基に集まるので、小さな仲間内(리그)もあるようです。

そのためか、実際、自分の音楽はその輪に入れていません。韓国の既存のVocaloidの界隈では、あまり受け入れられていないようです。むしろ、エレクトロニック・ミュージックやインディー音楽、シューゲイザーなどのシーンで聴いてくれる人がいます。本当に、どこにも収まりにくい立場なんです。

U:外から見ている私には、韓国の合成音声の音楽が流れてくることは少なく、耳にするのも、ほとんどが独立したクリエイターの作品です。

94:ええ、主流のアーティスト自体少なく、シーンも小さい。最も有名なVocaloid PはTAKでしょう。ただ、その方は主に日本語を使っていて、現在は日本での活動にも力を入れています。Aiobahnも同様です。6

U:共同制作される曲は、だいたいどんなスタイルなのでしょうか。

94:だいたい、こういう感じです。7
これらの曲を参考にすると、いまの韓国のVocaloidを理解しやすいかもしれません。SV2 UNIが出たばかりのころのデモ曲です。8
さっきも話したように、自分の聴きたい韓国のVocaloidの音楽は、ほとんどありません……。彼らの音楽は、歌詞も、雰囲気や内容も、本当にとても純粋です。それが悪いというわけではありません。ただ、音楽として、もっといろいろな試みを聴いてみたいんです。

U:私も、この環境にもっと違う音楽が増えてほしいと思います。先ほど触れた、韓国の伝統的なスタイルのVocaloid曲は、どんなものなのでしょうか。

94:「Sangnoksu」(常緑樹)というプロデューサーが、ずいぶん前に、一人で16分にもなる、伝統音楽の四つの楽章のような作品を作りました。当時はまだ学生だったそうです。Vocaloidの初期の発展を導いた、象徴的な作品だと思います。ただ、当時もいまも、韓国のVocaloidの界隈をよく知っているわけではありません……。自分がこの世界に入ろうと考えたのは2025年になってからなので、知っていることは多くない、とお断りしておきたいです。

U:この曲はすごく壮大な感じがあって、しかも私にとってはとても新鮮でした。Vocaloidでこういう作品を聴くのは初めてでしょう。

94:この音楽には、自分も畏敬の念を覚えます。純粋な創作への欲求が感じられて、心から尊敬します。

図7

図8

三

U:伝統的な楽器や音階、旋律を使って、国や地域、民族の特徴を示すのは、思いつきやすく、とても自然なことだと思います。94さんは、こうした「表面」の要素以外の形で、韓国だけの新しいスタイルを示そうと考えていますか。

94:伝統楽器で民族性9を表すことの多くは、単なる再現にすぎないと思います。(もちろん、いま融合国楽を作っている人たちには、その人たちの文脈がありますし、尊重しています。)それに、自分は比較的若い世代なので、伝統的な音に、国への帰属意識やつながりをあまり感じられません。韓国はあまりにも速く発展したので、そうした音は、自分には遠すぎるんです。

自分にとって「韓国的なスタイル」は、K-popのように、ネットや世界にあるすべてを吸収して、おいしいチャーハン(볶음밥)を作ろうとする、ある種の混沌と競争心です。負けたくないという、しぶとい反抗心ですね。

もちろん、こうしたものは抽象的な概念です。実体を持つには、一つの「シーン」(씬、scene)が生まれる必要があります。たとえば、日本のネット音楽は、日本の伝統的な要素をまったく使っていなくても、みんながそこに「日本らしさ」を感じます。長い時間をかけて積み重ねたオタク(職人気質)の文化10、侘び寂び(와비사비)、そして日本が育てた美的なイメージや文脈が、消えずに、いままで続いているからだと思います。

自分の結論としては、民族の特徴は、過去の音をただ変形して借りるのではなく、現代に合う形で、文化的、社会的に解釈し直すべきです。それは、音楽を通じても実現できると思います。

U:この「シーン」は、先ほど話した渋谷系やDonosti Sound(ドノスティアの音)と同じ概念でしょうか。私には、音楽の要素だけで分けられるわけではない「音楽のスタイル」に思えます。同じ時期、同じ地理的な範囲で、創作の考え方や美意識など、共通する抽象的な概念によって集まったクリエイターと作品、とでもいうのでしょうか。クリエイターの呼びかけで生まれることもあれば、政治家の訴えや、音楽評論家による整理から生まれることもあります。

94:そのとおりです。音楽を音楽的な要素だけで解釈せず、社会や文化の要素として読み解く視点ですね。

U:K-popには詳しくありません。以前は、欧米のポップソングに近すぎて、韓国独自の特徴を失っていると感じる曲もありました。でも、f(x)やNewJeansには、新しく、独自性のある音楽を感じます。考えると、とても不思議です。250は、韓国の大衆音楽にあるPpong-jak(뽕짝)11という音の遺産を掘り起こす一方で、NewJeansのために、レトロでありながら新しいヒット曲も作っています。後者は韓国の伝統楽器を使っていませんが、その独特な聴き心地で、海外の聴き手にも「とても韓国らしい」と感じさせます。日本のVocaloidのボカロPまで、NewJeansをまねたり、オマージュをささげたりして作曲するようになりました。

94:K-popは、本当に不思議な音楽です。さっきの「おいしいチャーハン」というのは、いろいろなものを混ぜて、おいしい料理を作るという意味です。K-popは、その美学から始まりました。でも、急に大きくなりすぎて、逆に、混ぜ合わせることそのものを「韓国的なスタイル」と掲げるようになった気がします。もちろん、これは先ほど話した、20世紀後半の韓国の急速な近代化とも関わっています。「ほかの国に早く追いつかなければ」という強い思いから、他国の技術や文化を大量に吸収した。二つには、似た文脈があると思います。

NewJeansと250はK-popでも、海外文化の単なるコピーでなく、自分の音楽を作る精神があります。一方で、あまりにもポップスに寄りすぎて、韓国ならではの色を失ってしまったK-popについては、その多くが、すでに海外で流行しているものを二流の形で持ち込んでいるだけのように感じます。

多くの韓国人は、何か参考にするものがない状態では、なかなか創作することができません。「創造性は自分自身の内から生まれる」という考え方が、この国ではまだ広く根付いていないのだと思います。

図9

K-popと韓国大衆音楽の伝統を自在に行き来するエレクトロニック・ミュージシャン250。
出典:Beasts And Natives Alike

U:おっしゃることはわかります。参考にしたり、まねたりすることは、創作で必ず通る道です。でも、創作を本当に成り立たせるのは、自分自身から生まれる独自の創造性なのでしょう。それはもっと難しいからこそ、多くのクリエイターの目標や理想でもあるのだと思います。

先ほど94さんが話された「오타쿠」(オタク文化)と「장인정신」(職人精神)の話が、まだよくわかっていません。オタク文化と職人精神には、どんなつながりがあるのでしょうか。

94:オタクや引きこもりと呼ばれる人たちは、自分の愛する世界を持っています。でも、普通の人には共感してもらえないので、家から出ず、自分だけの深い穴を掘っていくのだと思います。そのため、一般的ではなく、個人的なものであっても、実験的で新しいものが生まれる。これも、現代の職人精神と呼べるのかもしれません。

クィアの人々のなかから、新しい音楽がたくさん生まれてきたことにも、似ていると思います。

U:なるほど。クィア・ミュージックという呼び名は聞いたことがありますが、あまり聴いたことはありません。そう考えると、これも共通の文化から生まれた音楽の「シーン」であり、地域を越えた文化のシーンでもあるんですね。

94:大きな視野で、いろいろな現象を結びつけて考えるのが好きです。無関係に見えるものをつなぐと、新しい視点が生まれます。

U:私も好きです。つながりは、どこにでもありますね!最後にアルバムへ戻って、もう一つ伺いたいです。今回の制作については、ある感情や考えを表すために、意識して音楽を作ったわけではないけれど、制作の過程で自然に、自分の感覚が音楽に染み込んでいった、と理解していいでしょうか。

94:そうです!どんな作り方をしても、最後には、気づかないうちに自分らしさが出てくるようです。このアルバムは、そのことに気づく過程でもあったと思います。

U:ローカリティにも似ています。中国には、ほかの言語で曲を書くクリエイターや、いわゆる「中国らしさ」からかなり離れたスタイルで制作する人も多くいます。それでも、その音楽からどこか中国的な気質を感じることは少なくありません。先ほど、伝統楽器を使わずに、その土地の文化や精神性を表現するというお話がありましたが、そうした方向性は意識的に実践しているものなのでしょうか。それとも、自然と作品に表れてくるものなのでしょうか。

94:そうですね。最近考えているのは、たとえ自分から意識して「韓国らしさ」を求めなくても、自分自身の世界を深く見つめれば見つめるほど、むしろ音楽のなかに自然と韓国的な色が滲み出てくるのではないか、ということです。それは音そのものにも、アルバム全体を包む感情や空気感にも表れると思います。結局、子どもの頃から今まで自分が見てきたもの、聴いてきたもの、経験してきたことのすべてが、自分という存在を通して外へと表れてくるのだと思います。最近、自分にいちばんよく問いかけているのは、「自分は何者なのか?」ということです。終わりのない問いですね。一日中、その問いのなかに潜り込んでいます(笑)。

(インタビューは2026年5月に実施)

94 ロゴ

注

1

本記事のVocaloidの音楽とは、さまざまなエンジンを用いた合成音声の音楽作品を指す。

2

ナタリー著、兔比訳『涩谷系狂潮(渋谷系狂騒曲)』第12章「韓国のポップミュージックへの影響(長谷川陽平が語る、もう一つの『渋谷系』)」による。

3

少数派の先進的な文化を追う人や、文化・芸術に関心の高い若者を指す。

4

日本のゲームクリエイター、松浦雅也とそのチームが1999年に発表したリズムゲームのサウンドトラック・アルバム。

6

94注:ほかにも、ABM(AnythingBecomeMoe)、트랩칙(TRAP CHICK)、ParangなどのボカロPがいます。取材当時はそれほど有名ではありませんでしたが、いまではとてもよく知られています。

9

訳注:「国族性」とも。以下同じ。

10

後の箇所で説明する。

11

韓国の演歌(トロット)に由来する、テンポの速い電子音楽。